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No.407【新会社法を活かす】-2006.5.24
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No.1039 ≪100年以上続いてこそ会社≫-2018.11.14

No.1039 ≪100年以上続いてこそ会社≫-2018.11.14 目加田博史

 

「会社」という表現は、明治に入ってからのもので、それまで日本には会社の概念がなかったといえます。明治維新以降の文明開化で、欧米に追い付き追い越せと、日本の古来の価値観や考え方をかなぐり捨てて、欧米の価値観を無批判に導入した結果と言えます。会社は、イギリスのCompanyの訳語です。ほかにも民法上の会社に近い概念で組合という表現もありましたが、今では、営利目的のビジネスを行う組織を会社と言っています。
今では、会社の中には、創業者一族の有無で同族会社、非同族会社といったり、資本形態によって株式会社、有限会社、と言ったり、法人設立するかしないかで個人商店と呼んだり、実に様々な分類があります。

では江戸時代以前は、「会社」の概念はどうだったのでしょうか。越後屋呉服店(現:㈱三越伊勢丹ホールディングス)、たかしまや古着木綿商(現㈱高島屋)、天王寺屋両替店(現在は消滅)、笠置屋(現月桂冠㈱)江戸時代以前は、○○屋、○○商店、○○両替商、○○店、○○軒、○○堂、○○舗のような屋号が中心でした。組織は同族経営が中心でした。大規模な組織になっても「生業」に近いので、「家」と同じように継続するのが当たり前です。そして、3100年以上続くと「老舗」と呼ばれて高い信用と評価を勝ち取っていたといえます。

創業143年以上の歴史を持つ東芝がおかしくなったり、創業100年のパナソニックが赤字に苦しんだり、創業106年のシャープが身売りしたり、毎日のように大企業の不祥事が起きています。いずれも創業家の影響力が弱まっている共通項があるのではないでしょうか?
豊田佐吉が創業して128年になるトヨタが大規模リコールに苦しんだとき、創業家の豊田章夫氏が先祖返りしたかのように社長に昇格し、矢面に立って求心力を高めて苦境を乗り切ったのは10年前の事です。

これは何も大企業だけの事ではありません。苦境に至った時、大きな事を起こす時、大義名分と共に、血筋が争われるのはなぜでしょうか?これは日本の文化的側面だと思っています。
鎌倉幕府を開いた源頼朝は、もともと宇多天皇の皇子が臣籍降下して生まれた源氏の流れです。我こそは八幡太郎義家の流れをくむ・・・・と名乗って征夷大将軍になりました。足利尊氏も同じ源氏の流れをくむことを大義名分に地方の豪族を結集し、室町幕府を開きました。
血筋、家柄、先祖という流れが脈々とつながることが、人々の求心力を高めることになるのです。

中小企業とて同様です。私達は、もう一度、商人(あきんど)の原点に立ち返らねばならないのではないかと痛感しています。一旦創業すれば、どのように代を続けるか、そして、どのように発展させるか。そこには創業家の並々ならぬ工夫と努力があったのです。分家という形で番頭さんが独立開業して店を大きくしたり、オーナーとしての創業家と経営陣としての番頭陣がバランスを取りながら、番頭陣が店主を指名したりする仕組みを持っていました。そこには「存続させる」ことを第一義とした考え方がありました。

いろんな考え方が身近に氾濫している現在、いったい何が本質なのか。わが社にとって何が大事なのかを改めて考えてみようではありませんか。

 
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